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名古屋高等裁判所 平成元年(行コ)23号 判決 1990年11月28日

控訴人(原告) 稲垣襄

被控訴人(被告) 中根鎭夫

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

一  当事者の求めた裁判

(控訴人)

原判決を取り消す。

被控訴人は岡崎市に対し金三億五〇〇〇万円及びこれに対する昭和五七年一〇月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

仮執行の宣言

(被控訴人)

主文同旨

二  当事者の主張

当事者双方の主張は、次に付加、訂正するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決九枚目表七行目の「は一切不要」から同八行目の「考慮し」までを「、三方式を用いずに公示価格を基準とした価格を三方式で算定した価格との差のみに着眼して価格を引上げ」と改める。

同一〇枚目表一行目の「4」を「12」と改める。

2  当事者の付加した主張

(控訴人)

(一) 本件建物の解体工事費用は八四五〇万円をもって相当とするから、それを控除すると、

本件売買価格 一〇億五〇〇〇万円

河合鑑定価格 一〇億七九四三万八〇〇〇円

柳澤鑑定価格 一〇億八四一三万円

不動産鑑定士野崎優が本件土地につき昭和五六年八月五日時点において公表されていた地価公示法上の公示価格及び愛知県地価調査基準地価格を基礎として鑑定した価格(以下「野崎鑑定甲」という。)

六億六三一〇万円

同鑑定士が本件土地につき不動産鑑定評価基準に基づき鑑定した同時点の価格(以下「野崎鑑定乙A」という。)

八億九七五七万円

同鑑定士が本件土地につき野崎鑑定乙Aを前提とし、公示価格を規準として鑑定した同時点の価格(以下「野崎鑑定乙B」という。)

七億九三五〇万円

となるところ、野崎鑑定乙Bによる右価格を基準として右の各価格を比較検討すると、河合鑑定による右価格はその三六・〇三パーセント増、柳澤鑑定による右価格はその三六・六二パーセント増、本件売買価額はその三二・二三パーセント増となる。

このように、不動産鑑定評価基準の三方式を前提とし、公示価格を規準とする価格が不動産鑑定士によって約三六パーセント前後の乖離を生ずることは、明らかに鑑定技術に不備が存在するものというべきである。

また、不動産鑑定評価基準に示す鑑定評価の三方式で用いられる実際の取引事例は、売買当事者の動機、その他諸般の事情が価格に反映しているもので、これらの諸事情は価格の正常性とは相容れないものである(但し、これらの事情の有無、価格への影響度を正確に把握することは困難であり、これら事情の潜在する取引事例も現実の取引価格として重視せざるをえないものとされている。)。これに対し、地価公示法により公示される価格は、同法一条に定められているように、一般の土地の取引価格に指標を与え、適正な地価の形成に寄与する目的をもっているもので、実際の取引価格に存する諸般の事情を排除した価格である。したがって、本件売買契約時における本件土地の正常価格は、前記野崎鑑定甲に近い価格であるというべきである。

そこで、野崎鑑定甲による価格に比し、本件売買価額は五八・三四パーセント増、河合鑑定による価格は六二・七八パーセント増、柳澤鑑定による価格は六三・四九パーセント増、野崎鑑定乙Bによる価格は一九・六六パーセント増となる。このように野崎鑑定甲による前記価格より二〇パーセント以上も乖離する本件売買価額、河合鑑定価格、柳澤鑑定価格は、技術的に不備な鑑定によるものというべきである。

(二) 河合鑑定における公示価格等のみを規準とした価格は一平方メートルあたり二一万九〇〇〇円、柳澤鑑定における同価格は一平方メートルあたり二五万三〇〇〇円、野崎鑑定甲における同価格は一平方メートルあたり一五万九二九〇円であり、野崎鑑定甲に比し、河合鑑定のそれは三七・四八パーセント増、柳澤鑑定のそれは五八・八二パーセント増となる。

また、河合鑑定における前記三方式を前提とし、公示価格を規準とした価格は一平方メートルあたり二四万八〇〇〇円、柳澤鑑定における同価格は一平方メートルあたり二六万二〇〇〇円、野崎鑑定乙Bにおける同価格は一平方メートルあたり一八万一一一〇円であり、野崎鑑定乙Bに比し、河合鑑定のそれは三六・九三パーセント増、柳澤鑑定のそれは四四・六六パーセント増となる。

ところで、河合鑑定で採用された標準地等は標準地「岡崎5―10、5―1、5―9、5―12」、県基準地「岡崎(県)5―4」、柳澤鑑定で採用されたそれは標準地「岡崎5―1」、野崎鑑定甲及び乙Bで採用されたそれは「岡崎5―4、5―9、5―11、5―12、5―17」、県基準地「岡崎(県)5―6、5―9」であるところ、本件土地の存在する地域は普通商業地域であるから、本件土地の価格の鑑定にあたって、準高度商業地域にあって価格水準も乖離する標準地「岡崎5―10、5―1」、県基準地「岡崎(県)5―4」を採用することは、地価公示法一一条に定める「類似する利用価値を有すると認められる標準地」に該当する標準地を採用したものということはできない。

更に、本件土地の価格の鑑定にあたって、標準地「岡崎5―9」を規準とした場合、河合鑑定は地域格差を一・二二一、個別格差を〇・九四五と、野崎鑑定甲及び乙Bは地域格差を〇・九九、個別格差を〇・九としているところ、地域格差に関して河合鑑定が環境条件の背後地の人口及び範囲をそれぞれマイナス七、顧客通行量をマイナス一二としていることは準高度商業地域でなく普通商業地域であるだけに誤りであり、個別格差に関しても本件土地と接面道路との高低差及び本件土地の六パーセントが事実上道路敷として使用されていることを考慮していないから相当でない。標準地「岡崎5―12」を規準とした場合においても、河合鑑定は地域格差を一・三七七、個別格差を〇・九四五と、野崎鑑定甲及び乙Bは地域格差を一・一五、個別格差を〇・九としているところ、地域格差に関して河合鑑定が環境条件の背後地の人口及び範囲をそれぞれマイナス三・五、顧客通行量をマイナス一二としていることは前記のとおり普通商業地域であるだけに誤りであり、個別格差に関しても前記考慮をなしていないから相当でない。

(被控訴人)

岡崎市が本件売買価額を決定するにあたって参考とした河合鑑定及び柳澤鑑定は、いずれも、その価格算定方法、類似取引事例及び類似標準地の選定、地域要因及び個別要因の分析、地域要因等による補正等につき野崎鑑定乙Bと比較検討しても、公示価格規準義務に違反していないことは明らかである。

また、野崎鑑定乙Bと河合及び柳澤両鑑定の違いは、いずれも、鑑定に際し、不動産鑑定士の独自の評価の許される分野での評価に起因するもので、野崎鑑定乙Bとの比較において右両鑑定による本件土地の価格が著しく高額であるとはいえず、右両鑑定に鑑定技術上の不備があったものともいえない。

三 証拠<省略>

理由

当裁判所も、控訴人の本訴請求は失当として棄却すべきものと判断するところ、その理由は、次に付加、訂正するほか、原判決理由説示と同一であるから、これを引用する。

1  原判決一二枚目裏一行目の「標準地」の次に「について、その公示価格との関連において当該標準地」を加える。

同裏末行の「住宅宅地審議会」を「建設省住地審発第一五号」と改める。

同一七枚目表八行目冒頭の「証人」の前に「原審」を加える。

同裏六行目の「不動産」を「土地」と改める。

同二〇枚目裏四行目の「D」を「E」と改める。

同六枚目表一〇行目及び同三一枚目裏九行目の各「は、」の次に「昭和六三年二月二〇日に提出された野崎鑑定士作成の鑑定補充書も併せて考えれば、」をそれぞれ加える。

同三一枚目表末行の「一〇」を「七」と、同裏二行目の「七億四七六〇万円」を「七億七二五六万円(一平方メートル当たり一六万四六〇九円)」とそれぞれ改める。

同三三枚目裏一行目の「一〇」を「七」と、同三行目の「九億五〇三九万円」を「九億八二〇七万円(一平方メートル当たり二〇万九二四九円)」とそれぞれ改める。

同裏一〇行目から同末行にかけての「八億五〇〇〇万円」を「八億七八〇〇万円(一平方メートル当たり一八万七〇七五円)」と改める。

同三五枚目裏一行目の「できない」の次に「(この判示に反する趣旨の控訴人の主張及び野崎鑑定甲による価格ないしそれに近い価格のみを本件土地の正常価格とみるべきであるとの控訴人の主張は採用できない。)」を加える。

同三六枚目裏三行目の「「岡崎5―4」、」と同四行目の「及び別表1―2の「岡崎(県)5―4」」をいずれも削る。

同三八枚目裏一行目の「二二・四六」を「一八・五二」と、同二行目の「一八・四九」を「一四・六七」と、同三行目の「二二・九六」を「一八・九九」と、同四行目から同五行目にかけての「一四・〇七」を「一〇・三九」とそれぞれ改め、同五行目の「鑑定」の次に「乙」を加え、同六行目の「三六・九三」を「三二・五六」と、同八行目の「三二・四九」を「二八・二六」と、同九行目の「三七・四八」を「三三・一」と、同一〇枚目の「二七・五四」を「二三・四七」とそれぞれ改める。

同三九枚目裏一行目の「一〇・四八」を「六・九二」と、同二行目の「二三・五二」を「一九・五九」とそれぞれ改める。

同九行目「立証はない。」の次に「もとより、本件支出の経緯(原判決事実摘示欄第二、三1の事実で控訴人において明らかに争わないから自白したものとみなされる事実)に照らし、被控訴人は本件支出を適法なものと認識して行ったことが認められ、被控訴人において、本件支出を違法なものと認識していたこと又はそう認識すべきであったことを窺わせるような証拠は全くない。」を加える。

2  (控訴人の付加した主張に対する判断)

控訴人は、本件建物の解体工事費用は八四五〇万円が相当である旨主張するとともに、野崎鑑定甲による本件土地の価格から右八四五〇万円を控除した価格に近い価格をもって本件土地の正常価格である旨主張する。そして、前掲乙第四号証(柳澤鑑定)によれば、本件建物の解体撤去工事費用を八四五〇万円とする柳澤鑑定士の鑑定が岡崎市に提出されていることが、弁論の全趣旨に照らすと、岡崎市においては右鑑定も斟酌して本件売買価額を定めたことがそれぞれ認められるものの、右費用の額を確認するに足る証拠はなく、また、野崎鑑定甲及び乙A・Bによってそれぞれ算出された本件土地の各価格から右八四五〇万円宛を控除した額ないしそれに近い額をもって本件土地の正常価格と認めるべき証拠もない。

次に、原審証人柳澤秀保、同河合元三、原審及び当審証人野崎優の各証言、加藤実の鑑定結果、弁論の全趣旨に照らすと、複数の不動産鑑定士に対し、不動産鑑定評価基準に則った方式に従い、公示価格を規準とした特定の土地の正常価格の算定を求めた場合、同鑑定士らの経験・知識などの差によって対象土地に対する地域分析、個別分析、取引事例・収益事例・標準地等の選定などが異なり(これらの分析・選定は同鑑定士らの裁量に委ねられているものというべきである。)、この結果、算定価格に差異の生ずることは避けられないところであるが、同鑑定士らのなした右各分析・選定などに明らかな不合理、不相当な点がない限り、特定の同鑑定士の算定した価格のみを正当とし、他の同鑑定士らの算定価格が技術上不備な鑑定によるものであり、不当な価格であると断ずることはできないものというべきところ、前記認定・判示(原判決引用)に照らし、河合・柳澤両鑑定に公示価格規準義務に違反し、又は、その他の鑑定技術上不備な点があるものということはできず、他にそのように判断すべき根拠とするに足る証拠はない。

したがって、河合・柳澤両鑑定が過誤のある不当な鑑定であるとの控訴人の主張は採用できない。

よって、右と同旨の原判決は相当であるから、控訴人の本件控訴を失当として棄却し、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 伊藤滋夫 宮本増 谷口伸夫)

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